フライフィッシングとハンティング

最近「やっぱり釣った魚は食べるんですか?」という質問やコメントを頂いているのでここでお答えします。


先に結論から言わせてもらうと答えは「ノー」です。『フライフィッシング』で釣った魚は一匹たりとも食べません。おそらく質問を頂いている方は私のハンター歴とフライフィッシング歴をご存知でそういった質問をしてくるのだろうと思いますが、答えはノーです。


このHP上のフライフィッシングのページにも記述していますが、私のフライフィッシングは一匹の魚と出会うためのプロセスを楽しむ釣りであり、その魚を手元のネットにキャッチ出来たその瞬間に全てが完結する釣りだからです。フライフィッシングは元来、漁であった釣りがスポーツフィッシングとして発達しながら西洋から日本に伝わった歴史的背景があります。そこをリスペクトすることから生まれた精神的な部分がこの釣りには多く、私が惹かれたのもそこが一番の理由です。


一方、私のハンティングは一つの命を獲るところからいただくところまで全てを一人で行うことにより、合理主義の現代社会で人々が忘れかけている大切なことは何か?生きるということは何か?ということを学ばさせてもらおうという気持ちからスタートしています。ある意味フライフィッシングよりシンプルな動機ですがなかなか合理主義の中で生まれた現代人には理解されにくいのがハンティングの現実です。


『フライフィッシング』『ハンティング』言葉を並べてしまうとやってることは同じじゃんと思われてしまいがちですが少なくても私にとっては全く性格が違う二つの課題です。


あと、誤解されやすいのは私がやる釣りはフライフィッシングだけではありません。海釣りもやるし氷上の穴釣りやボートでヒメマス釣り、東京近郊ではタナゴ釣りもやります。ルアーも投げるし餌も使います。食べるための釣りだってやります。フライマンからすると異端児のように思われますが、小学校低学年の時にはすでに釣りキチでしたからこれはごく自然なことだと思いませんか?


何事も一生懸命、夢中になれることは大事なことだと思います。それも一つのことに集中して深みを追求し続けられることは凄いことだと思います。しかしもっと大事なのは自分軸をしっかり持って自分自身と常に向かい合っていられることだと思いますよ。

Workshop Vuovdi / 東京下町の小さな森の工房

プオレペアイッヴィ〜♪【Vuovdi】はラップランド北部サーミ語で『森』 管理人はディアハンターの東京スナフキン。サーミから学んだ生活の知恵を生かし、ブッシュクラフト的ハンティングやフライフィッシング、野営、アウトドアジビエに関する記事を投稿しています。