猟場での不思議体験

猟場は日常の仕事や街中ではあり得ない経験や体験をさせてくれる。今回はそんな実体験から一つ話したいと思う。


このブログを読んでいただいてる方は私が鹿撃ちのハンターで猟期の大半を山野で過ごしているということをご存知いただいている方だと思う。今回話すこの話も3泊4日の予定で獲物が獲れたら帰宅するという漠然としたプランでフラッと山へ入った時の話だ。


これはもう3年前になる猟期の話だ。この日は前の週に降った雪がうっすらと残り、雪は決して深くはないが雪景色の綺麗な猟場であった。初日はゆっくり家を出てベースキャンプの設営と薪集めに時間を割くことにしているため出猟はしない。うっすらでも雪が残っていると獣の足跡がクッキリ残るためトラッキングしやすく翌日の猟果は期待出来た。


猟期中に関わらず私は早起きで午前4時には起きる。この日もとっとと酒と鹿肉を食らい午後10時にはシュラフにくるまっていた。その日の夜中のことだ。周辺のざわめきで目を覚ましたのは夜中の0時を回っていた。鹿と猪はよく夜になると野営場近くに遊びにくるので私はその足音で頭数まで判別できるようになっていた。だがその日のざわめきは鹿や猪のものではなかった。足音は2〜3頭のものでものすごい勢いで駆け寄ってきた。そして私のテント周辺である一定の距離を保ってまもなくまた走り出し去って行ったのである。テント近くまでその何物かが接近した時に息遣いも聞き取れたため目視はしていないが正体は犬のものだと思い私はまた寝てしまった。


翌朝、いつも通り朝4時に起床し薪ストーブに火を入れ、暖をとりながらコーヒーを淹れパンを焼いた。いったい夜中に聞いた足音はなんだったんだろうと改めて考えた。夜中に誰か犬の散歩で山に連れてきて遊ばせていたのだろうか?いやそれとも野犬がこの森にいるのか?昨晩聞いた足音から鹿でも猪でも熊でもない何物かが私の野営場の近くまで来たことは確かだ。

狩猟で発砲できるのは日の出時間が過ぎてからになっている。私は発砲時間より少し早めに出発する。そのタイミングがうまいこと鹿の動きに合うと日の出から30分以内には1頭目を仕留めることが出来る。しかしこの日は違った。日の出時間を過ぎても全く鹿の気配がなく足跡も少し時間が経ったものしか見つからない。その朝に見つけたのはあちこち走り回ったと思われる犬の足跡だけだった。犬の足跡からして3頭いたことがわかる。しかし飼い主である人間の足跡は一つも見つからなかった。前足が非常に発達していて後ろ足に比べるとかなり大きい。大型の犬種なのか?


結局その日は雪山を7キロも歩き回りやっと1頭獲ることが出来た。肉付きの良い体重70キロほどのメス鹿である。現場で解体を済ませ、帰り道も直線距離でも5〜6キロはあるだろう。エコバッグに詰め込んだ肉の重みが肩に食い込むがそれも心地よかった。予定より早いが肉が手に入ったので明日は午前中に撤収して家に帰ろう。


その晩は鹿が獲れた喜びで酒が進んだ。2日目の夜は歩き疲れたせいもあって9時過ぎには寝てしまっていた。だがその晩も彼らがやって来たのである。ものすごい勢いでテント近くまで来たかと思うとまた去っていった。息遣いは荒いが犬のような「キャン、キャン」「ワン、ワン」というような鳴き声は聞き取れなかった。


翌朝は珍しく朝寝坊をしてしまった。朝6時前であったがものすごい数のカラスの鳴き声で目が覚めた。頭上では鳶とカラスが空中戦を繰り広げている。どうやら野営場近くに何か死んでいるようだ。あまりにもカラスがうるさいので追い払う目的で見に行くことにした。そしてそれはテントから50メートルも離れていない場所に倒れていた。鹿だ。鹿の死体だった。鹿は顔面が噛まれ腹が裂かれ内臓だけが食われていた。鹿の毛がボロッと抜け辺りに散乱していた。カラスは器用に残った肉を突いていた。


その鹿は林務道の端に倒れており、昨日出猟時、行きも帰りも通っている場所だったが昨日はここに鹿などは倒れていなかった。その死体はまだ新しく、昨夜のうちに何物かに襲撃されたのであろうと思った。狩猟法で私たちは夜間の狩猟は禁じられている。残滓の処理も埋設など適切な処理が義務付けられているので林務道の端に倒れているのも不自然であり、何よりも肉を残して内臓だけ無くなっているのは人間の仕業ではないことはわかる。


ここまでが私が3年前の猟期に体験した話だ。同じ猟場には今でも通っているがその後、鹿と猪以外の動物が私の野営場に近寄ってくることはなかった。あの夜に聞いた足音と息遣い、朝に見つけた無数の足跡、食い荒らされた鹿の死体。あの日にいったい何が起こったのか未だに謎である。

Workshop Vuovdi / 東京下町の小さな森の工房

プオレペアイッヴィ〜♪【Vuovdi】はラップランド北部サーミ語で『森』 管理人はディアハンター&ヤマメハンターの東京スナフキン。サーミから学んだ生活の知恵を生かし、ブッシュクラフト的ハンティングやフライフィッシング、野営、アウトドアジビエに関する記事を投稿しています。